オールデンのチャッカーブーツ


革靴では変わらぬ人気のオールデンには本当に驚きます。20年前はビームスやリーガルの一部の店舗で散見したものの、その存在をしるのは一部のマニアのみという状況でした。それが、現在では確固たる地位を築いています。当時は、本国のアメリカと日本が主たるマーケットでしたが昨今ではヨーロッパでもその市場を広げているそうです。
 今なおMADE IN USAを堅持する数少ないシューメーカーである名門のオールデン社は1884年マサチューセッツ州ボストンの郊外にある町ミドルボロウでチャールズ・H・オールデン氏によって創設されました。当初はビスポークをメインにしていましたが、1905年頃からレディメイドの生産をスタート。1892年に工場を同州ノースアビドンに、更に創業者の引退を機に1933年には同州ブロックトンに移転させています。
 1940年代に入ってアメリカが第二次世界大戦に参戦する頃には、米軍の依頼により将校のユニフォーム用等ミニタリースペックの靴を量産。戦後の1952年にはハンディキャッパー向けのオーソペデックシューズの本格生産にも着手し、独自の整形法による木型やデザインを確立しました。なお、オールデン社は1970年に創業地ミドルボロウに近代的な設備の工場を設立。現在もこの地で本社と工場が営まれています。
 ところでオールデンと聞いて、まずコードバン製の靴を思い浮かべる人がほとんどかと思います。実はカーフやスウェード、オイルレザーといった素材も取り扱っているのですが、それでも「ブランドの”顔”となる素材は?」といえばやはりコードバンなのです。
 コードバンは大型馬の尻部分の原皮をなめして出来上がる革のこと。馬の革、すなわちホースハイドは牛革に比べれば強度で劣るものの、非常に柔らかい革なのですが、尻部分だけはおよそ別の生き物かと思うほど個性が異なっていて繊維が緻密で硬く、耐久性に富むという特徴を持っています。その原皮を長期間、植物タンニンの溶液に浸して製革する。ピットなめしという手法で”皮”から”革”に化学変化させ、様々な加工と仕上げを施すことで、ほかの皮革では得られない独特の奥行きある光沢を持つ革になるわけです。
 ところでコードバンの発祥はいつ頃になるのでしょう?実は、あまりよくわからないのですが、名前の由来とされるスペイン南部アンダルシアの小都コルドバとの関連は十分に考えられます。同地は8〜15世紀にイスラム教徒の占領下にありましたから、もしかするとコードバンの製革技術は東方から伝わったものなのかも?などと考えてみたりするのです。
 その後、コードバンはスペイン他、オランダやドイツ、ロシアなどでも生産されていたようです。オールデンが採用しているコードバンはホーウィンレザーカンパニー(以下、ホーウィン社)の製品ですが、実は、この名門タンナーの創業者もロシア系でウクライナでその製革法を会得したのち、アメリカに移住。1905年にシカゴで同社を設立しています。当時アメリカではとりわけコードバンが多用されていたからです。オールデンはのディストリビューターであるラコタ社の血脇孝昌さんに、なぜアメリカ人はコードバンを好んだのか?と質問したところ、「あの質感と底光りでしょう」とのお返事。確かに西部劇を思い浮かべれば、それも納得です。胴から首にいたる部位の革、すなわちホースフロントはミニタリージャケットなどに、コードバンを含む尻周りの革、すなわちホースバットはミニタリーブーツやガンケース、双眼鏡ケースなどと馬の革は大いに有効利用されていました。そしてコードバンについてはミニタリーブーツのみならず、ドレスシューズのアッパーにも盛んに使用されていたのです。
 ところが、第二次世界大戦後、次第にコードバンシューズの需要が減少。1960年代後半から1970年代にはホーウィン社を除くすべてのタンナーがコードバン作りから撤退しました。ヨーロッパではそれ以前にこの革の伝統は絶えていましたし、日本のコードバン作りは独自に開発されたもので、系統が別ですから、ホーウィンはコードバンのヨーロッパ的製法を今に伝える唯一の存在という事になります。今でも同社は製品になるまで約半年を要する古典的な革製法を堅持しています。
 それにしても、ホーウィン社はなぜこの革の生産を継続したのでしょうか?実は同社も1970年代にコードバン作りから撤退を検討しました。ところが長らく顧客であったオールデン社の当時の社長でアーサー・ターロウ・シニア氏がそれを引き留めたのだそうです。同氏はアメリカのコードバンシューズの伝統が失われることを大変残念に思い、ホーウィン社を説得。2年分の革をまとめて買い取るなどのフォローをしていたようです。
 現在でもホーウィン社のコードバンのうちで最も上質な部分をオールデンだけが使用できるようになっています。つまり、両社は単なるビジネスの関係を超えた、ある種の絆があって長年に渡り続いているということでしょう。
 さて、ちょっといい話をしたところで、オールデンのホーウィンコードバン製から全モデルの代表として人気の高いチャッカーブーツ。一度、購入を検討してみても損はないと思います。大変お高いですが、是非いつの日にか..。

【世界文化社 靴を読むより】
 令和3年1月3日更新

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