靴のエバーグリーン、それはブルックスのローファーである
日本のメンズファッションは1964年頃、一時ながら盛り上がりをみせたみゆき族(日本初のストリートファッション!)が事始めだったのでしょうか?もちろん、さかのぼればこれが最初ではないのですが、戦後の混乱期を経て高度成長のとば口となった当時こそ、男たちが自らのファッションを強く意識した最初の時代だったはずです。そのみゆき族に象徴されるアメリカントラッドファッション(以下、アメトラ)は、その後も何度となく盛衰を繰り返し、その度に少しずつ形を変えながらも、メンズファッションにおける主流として不動の地位にあり続けています。ですから、今の若者のなかにもアメトラ好きは少なくないわけですが、とりわけ団塊の世代と、それに続く世代には強い思い入れを抱き続けてきた人たちがたくさんいます。
そしてブルックスブラザーズは、そうした人たちにとって、今も昔も変わることのないアメトラの本流ブランドなのです。 ブルックスブラザーズはヘンリー・サンズ・ブルックス氏により、1818年にニューヨークでH.&D.H.ブルックス&Co.として創設されました。その頃のアメリカ合衆国は新興国で、盛んに国土拡張を図っていたフロンティアの時代で、ニューヨークも国内随一の都市に成長してほどない時期にありました。そんな時代から存在したブルックスブラザーズは、ある意味、現存最古のメンズショップなのだと思います。ちなみにブルックスブラザーズに改称された1850年は、アメリカ西部がゴールドラッシュの真っ只中でした。
ところでブルックスブラザーズといえば、?型と呼ばれるボックスシルエットのスーツやボタンダウンシャツを創始したことでよく知られていますが、ペニーローファーもそれらに匹敵する定番アイテムとして人気です。そして、そのペニーローファーの生産を長らく担ってきたのは、あのオールデンなのです。
では、ブルックスブラザーズのこのローファー、およびオールデンの存在は、日本でどのように知られていったのでしょうか?オールデンのディストリビューターであるラコス社の血脇孝昌社長のお話を中心に据えて追求してみましょう。
血脇さんは1954年、東京・浅草で靴の材料卸を営む家庭に生まれました。団塊より少しあとの世代にあたり、また、その前年、テレビ放送が開始されていますから、幼少のみぎりからテレビに接することができた最初の世代でもあったわけです。
また、今とは違い、初期の放送ではてれびに先進国アメリカで制作されたテレビドラマが盛んに放送されていました。
「住宅もクルマも電化製品も、全てが別世界に見えて、アメリカのカルチャーに強い憧れをもちました。それから東京オリンピックの頃にカラー放送が始まると、俳優たちが着ている服の色がわかりまして、それでアメリカのファッションにも興味をもつようになったんですね。
しかし、血脇さんが本格的にアメトラにのめり込んだのは高校時代からでした。通っていた高校にアメリカ人の英語教師がいて、その人が大変お洒落であったというのです。
「靴もフローシャイムのヴァンプなどを履いていらっしゃって…。
当時は1ドル360円でしたから、海外製品はとても高価。フローシャイムを扱っている店はほとんどなかったと思います。僕の知る限りですけれど、銀座のフタバヤにセバコと一緒におかれていたくらいと血脇さんは振り返ります。
60年代終わり頃、自分が通う高校にアメリカ人の教師がいたとは、なんと恵まれた環境であったことでしょう。
しかも、血脇さんと同じくアメリカ好きの級友らにとり、そのアメリカ人教師の影響力は絶大でした。なにしろ英語のみならず、メンズファッションに関するさまざまな情報を「直伝」してくれるのですから。
そうした「本場の情報」の中でブルックスブラザーズがアメトラの最も正統的なショップブランドであること、そのショップにコードバンのローファーがあることも学びでした。
「コードバンという素材は知っていました。日本ではランドセルの高級素材として使われていましたし、たぶん日本製だったと思いますが、当時、コードバンのベルトも持っていましたから。
でも、コードバンの靴は見たことがなかった。それで俄然、興味がわいて、高三の夏休みに友人と本当のアメリカを見たくて、本国に行ってしまったんです(笑)。
サンフランシスコのブルックスブラザーズでそれを目の当たりにし、「なんてカッコイイ靴なんだ!こんな素晴らしい靴、見たことない!」と感激。大いなるカルチャーショックを受けたのです。高額品ゆえ、そのときは購入できずじまいでしたが、6年後、アメリカで遊学するチャンスを得て、再度渡米した折、念願かなってロサンゼルスのブルックスブラザーズで購入することができ、このとき、その靴の製造元がオールデンという会社であることも知ったのです。オールデン社は1884年創業の歴史あるメーカー。全米の高級ファッションやシューズショップに向けた製品を多数生産していましたが、1970年代後半頃からオリジナル製品の展開を強化したのでしょう。
すでに、その名が全米に知れ渡っていたようです。 ブルックスブラザーズが最初の海外店として東京に青山本店をオープンしたのは、その翌年、すなわち1979年のこと。これが実質上、コードバンローファーの日本初上陸であったのですが、血脇さんは1年先行し、その靴を所有したことになります。なお、オールデンネームの靴を最初に取り扱ったのは、セレクトショップのビームスだったというのが定説で、それは1980年のことだったと聞いています。(別の説もありますが…) その際、本国でのブルックスブラザーズは二度にわたる買収を経ながらも、2007年に新進気鋭のデザイナー、トム・ブラウンとのコラボレーションで話題になるなどして存在感をアピール。アメトラの正統として地位を守り続けています。しかし、そのペニーローファーについては、近年、コードバン不足などもあってか、オールデンから十分な数の製品が供給されな状況が続いています。噂によると、同じくメルド・イン・USAを堅持するアレンエドモンズによる製品の比率が高くなっているようです。しかし、ブルックスブラザーズ×オールデンのローファーは血脇さんや、その世代にかぎらず、アメトラを愛する人々にとって靴のエバーグリーンであるはずです。筆者も、決してなくなって欲しくないと願ってやみません。
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