私の高級乳液を靴に塗りたくった男
さまざまな種類の中から、マナーに合わせた一足を選べることは、大人の男性なら基本ですが、大切なのは見た目だけではありません。マナーといえば、臭いも気になることのひとつ。銀座のクラブには、出勤前にお客様とお食事をさせていただく「同伴」というシステムがあります。高級なお店は、靴を脱いで畳に上がることが多いのですが、中には中居さんさえ困ってしまうような臭いの靴の方がいらっしゃいます。どんなに良い靴で外側をピカピカに磨き上げていても、これはマナー違反。興醒めです。
靴屋さんには消臭シートなどの中敷きも売っていますがクリーム色や茶色が多く「あれでは靴と合わない」とおっしゃる方もいます。お洒落な方ほど、そんな「隠れた部分」にもこだわえわっていらっしゃるようです。抵抗をお感じになる方は、外出前に靴の中にオードトワレを少々、というのはいかがでしょう?香水をつけない方なら微香タイプの制汗スプレーでも十分効果があります。
靴と言えば、お店のお客様に、40歳でバツイチ独身の無類の靴好きの男性がいらっしゃいます。その方の口癖は「女と靴は若い方がいいんだよ」。三五歳の私には耳が痛いお言葉です。
その方は、靴はブランドではなく、革の種類で買っていました。選ぶのはいつも生後三か月前後の子牛の革であるカーフ、そして、子牛と成牛の中間にあたるキップのみ、いわばティーンエイジャーや、お若いお嬢さんというところで、素材も若いのがお好み、ということでしょうか。
そのお客様が雨の日に銀座においでになると、もう大変なんです。濡れた靴が心配で心配で。お酒も女性も後回しで、乾いたおしぼりをご注文になり、おもむろに靴を脱いで水気を拭き始めるのです。そのあとはわざわざ買ってこられたその日の新聞を中に包み込み、一段落。
ある雨の日、相変わらずそんな調子でケアされた後、私に向かっておもむろに、「ママ乳液貸してよ」
冬でしたので、さすがに手もかさついていたのかしら、と、手持ちの美肌用の高級乳液をお出ししたところ、彼はそれを手のひらにたっぷりととり、いきなり靴の表面にムラなく塗り始めたのです。
「なにするのよ!それ、3万円もするのよ!シワだってとれるんだから!」私の怒鳴り声にもその方は少しも動じず。
「怒るなよ。革はね、元来牛の皮膚だったんから人間の乳液で手入れするのが最高なんだよ。まあ、いつもは500円のベビー用の乳液だけどね」
怒りに震える私は、その後ドンペリをオーダーさせていただきました。
ごちそうさまでした。
作家・銀座のクラブママより
なかなか銀座はハードルが高いな(笑)
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